掲載11回目

丸亀の神社の参道にある79対の狛犬を、11回に渡り特集します。

はじめに・・・・・
狛犬は、現在、神社の参道で鳥居と共に通常的に目にする石造物となっている。
  狛犬は、高麗犬・高麗狗・胡麻犬・胡摩犬などと書かれ(大日本百科事典:岡田建)、犬であるとか獅子であるとか、また、左は獅子で右は狛犬であるとする説もあるようだが、今は川勝など(川勝政太郎:石造美術、毛利久:日本歴史大辞典、ほか)の言う外国渡来の獅子、あるいは高麗の犬という位の意味にとっておきたい。
  狛犬は、古くは守護と装飾を兼ね几帳の裾の鎮子として、木や石・銅・鉄・陶器などで作られ宮殿や神社で用いられていたが、神社の内陣から外陣へ、それから門前へ、更に鳥居付近へと移り、材料も石が主流をなすようになった様である。狛犬が守護的な目的を持つことは、仁王像と同様で、仏教の影響で阿吽の陰陽の説がいれられ、多くは開口と閉口で一対にしている。鎮子として用いられていた平安時代は、口を開いている獅子は左に置き、口を閉じて頭に一角を持った狛犬は右に置いた(世界大百科事典:野間清六)。
  石造の狛犬は一般には江戸時代以後のものが多く、鎌倉末期に作られた籠神社(このじんじゃ)
(京都宮津)のものは珍しい例であると川勝は述べている。東大寺南大門にある大理石製の前肢を踏ん張って開口して顔を上げた宋風の狛犬は、宋から大理石を取り寄せ、宋の石工に造らせたものであるといわれている。
  和風の狛犬は前肢を揃えて立て後肢を屈し(犬坐姿勢)、体を向かい合わせて頭を前方に向けるのが主流をなすが、宗像大社の大理石の狛犬のように仔獅子や毬をもてあそぶものも見られる。又、
犬坐姿勢のものもほかに、後肢を立てているものや、勇ましく吠え立てる様な姿(勇型)もある。
  石造の狛犬は一石で造られているが、半肉彫りのものもあると書かれている(川勝)。本島町の人名の墓にもこれが見られ、筆者は県内の一式内社の祠の前で陽刻の狛犬を見かけ拓本を採ったことがあった。

-------------------- 資料元 --------------------
  「丸亀市域 神社参道の狛犬」より
-------------------- 著 者 --------------------
  丸亀市文化財保護審議会会長 堀 家 守 彦